ゆるゆりアニメの考察っていうか妄想

ゆるゆりアニメの設定に関する考察です。

この考察を正しいとすると、いろんな点が納得が行くので共有したくて書きました。

ひとまず原作は未読なので、対象からははずしています。

 

ひとことでいうと、ゆるゆりアニメはアニメの世界の中で撮影された実写ドラマである、というのがぼくの考察です。

 

詳しく言うと、以下の様な構造です。

・アニメ内の世界には、あかりをはじめとした登場人物は存在している。

・彼女たちはカメラが回っている間、ゆるゆりという作品をつくるために演技をしている。

・アニメ内の世界に存在する撮影スタッフが撮影、編集、VFXをほどこして作品としている。

 

伝わりますかね?

ぼくらが見ているごらく部の掛け合い中、同じ空間内にスタッフさんもいるんです。

脚本もあって、事前に絵コンテとかも切られて、編集、ポスプロを経て作品として完成させているわけです。

 

これを元に考えると何もかも説明できるんですよ!!

 

例えば以下。

・タイトルコール「ゆるゆりはじまるよー」

・タイトルコールでのカメラさんとのやりとり(この考察の根拠としてもっとも強いです。あかりがスタッフの存在を認めているので。)

・主題歌、キャラソンを歌うごらく部

・ロボット、爆発、タイムスリップ、透明化などの現実にありえないこと

サザエさん時空(1年たっても学年がかわらない設定)

・メタ発言

 

 

上記以外も、すべて説明できます。アニメの世界が物理法則にのっとっていることを認めながら、アニメ的な描写をすべて是とできるんです。

 

ふつうは登場人物にOP歌わせてたら、「いつ歌ってんだよ!」ってなるじゃないですか。そこは無視してるじゃないですか、ふつうのアニメは。無視しなくていいんですよ!だって実写ドラマですから!カメラが回ってないところでレコーディングしたってOKなんですよ!

 

さらに踏み込んで推測すると、以下のような現場なのではと思います。

・脚本はあるが、役者(あかりたち)にアドリブをガンガンいれるように指示がある。

・全員本名で出演している。

・キャラを誇張したりしてはいるが、本人の性格をかなり踏襲した役を与えられている。(タイトルコールでいじられてつっこんでいるあかりは素のあかりだが、口調やノリはカメラが回っている間とあまり変わっていない。)

・さすがに現実に同じような関係性ではなく、オーディションなどで選ばれた子たち。

・姉妹役は「姉妹で出演」という募集になっており、アニメ内世界でも姉妹。

・百合的な恋愛ベクトルは脚本によるもの。

 

ちょっと違いますが、山田孝之東京都北区赤羽のようなモキュメンタリーに近いものがあります。

アニメ内スタッフである監督はできるだけ役者と役が乖離しないような演出をつける方なんでしょう。

 

さらにさらに個別の推測ですが、

・幼少時の描写があることから、役者の募集は幼少時になされており、幼少期シーズンも存在した可能性が。ぼくたち現実世界の人間にお披露目されているのが中学生シーズンのみなのかも。もしくは、6才のボクが、大人になるまで。のような労力のかかった作品の可能性もあります。

・幼少時には主役として受かったあかりが、成長するに連れてキャラがたたなくなってきたため、やむを得ずスタッフが「主役をいじる」という形でエンタメにしようとしているのでは。

・「本人は本名」の原則からははずれるが、向日葵と櫻子は、本名や家庭環境は逆なのでは。向日葵が櫻子で、家は普通に裕福。これは撮影スタッフの遊びで現実と入れ替えがされているか、3姉妹を募集したら使えそうなのが櫻子(本名は向日葵)姉妹しか募集にこなかったため、しかたなく設定・役名を入れ替えたのかも。

・ごめんなさい、さっき本人に性格を準じると書きましたが、京子は現実ではめっちゃおとなしいけど、カメラの前でははっちゃけられる憑依型の役者さんなのかもしれません。能年玲奈ちゃん的な。

 

などなど、とにかく夢が広がります。

 

カメラの存在を肯定することで、「本当に普通の女の子として存在するあかり達」を肯定できるんですよ!!!

めっちゃ胸が熱くなるじゃないですか!!!さらにキャラクターたちが愛しくなりませんか!!!????

なりませんか!???いや!熱くなれよ!!!愛しくなれよ!!!

動画工房や太田監督が作ってるのは、ゆるゆりという作品ではなく、ゆるゆりという作品が生まれたアニメ内世界すべて、ということになるわけですよ!!

すごいもんつくってんな!!おいおい!

 

最後にさらにさらにさらにの推測ですが

 

・百合設定に関しては脚本だが、撮影スタッフは脚本に影響されて本気で好きになっちゃったりすることも期待している。その本気の瞬間をカメラに収めたくてしょうがない。

 

っていうか

 

・「中学生女子をドラマのために集めて百合設定を演じさせたら、本当に百合恋愛がうまれるのか!?」というドキュメンタリー企画

 

という可能性を示唆して、この妄想を終了させていただきます。

ちょっと文章にまとまりがないので、この説を肯定してくださる方で、もっとわかりやすく書いていただける方がいるといいなと思います。